漆黒の闇に包まれた森の中で俺は静かに五種類目の銃器の引き金を引いた。引いた反動を体が素直に受け止められるようになり早一年。銃器を扱い始めてからは二年が経とうとしていた。
あの反動を十代の半ばにも満たない少年が受け止めるには少々重すぎる。けれども早く反動に慣れなければ狙える的も狙えない。無理矢理にでも筋肉を付け、体の重心を整える事に専念するが、軸がぶれない様に引いた反動を受けるのにはかなりな時間を要した。
そしてそんな俺の後ろに立つ二人の男、ダグラスとメリルは俺が引き金を引いた瞬間に、パンパンと手を叩いた。

「上出来だ、ニール」

最初はリボルバーでシングルアクションとダブルアクションを一回ずつ。
的の中心を撃ち抜く事もさる事ながら、シングルからダブルへの切り替えをいかに早く、且つスムーズにこなすか、も重要項目の一つだった。
二つ目はボルトアクションライフル。リー・エンフィールドと呼ばれたライフルを使うのは、俺にとって今日が初めてであった。しかし初めてであっても戸惑う事など許されない。いかに早くその銃器の特性を掴み、使いこなす事が出来るか、それが俺に課された。
三つ目にショットガン。普段、特殊なゴーグルを身に付け、そこに出来上がったCGの世界で飛び交う鳥達をこれで相手する。が、しかし今日は別だった。今日は実際の世界で飛んでいる鳥を五羽撃てと命じられたのだ。
けれども俺は恐れる訳でもなく、躊躇うことも無く、難なくそれをやってのけた。正直な所、CGも現実も変わらないように思えた。 ドサっと落ちていく鳥はまるで実感が無い。寧ろCGの世界の方がリアル過ぎたかもしれない。現実を超えた現実感。何が本当で何が嘘かなんて―・・・。この先技術がもっと進歩すればそれすらもわからなくなるだろう。 きっとあの五羽の鳥の死骸は何かの糧となる部分もあれば、ただ朽ちてゆくだけの部分もあるのだろう。俺に憐れみの情などその鳥に対しては最早無かった。
四つ目に対物ライフルをつかってオートで細かに走り回る小型ロボットの大破。これは少々厄介だった。あのロボットは体のパーツが一つ一つ違う部品で出来ている為、それにあった銃弾で体を一つ一つ壊していかなければならない。 しかし俺は一度も間違える事無く慎重且つスピーディーにそのロボットを大破して見せた。その見事なまでの出来にメリルは口笛を鳴らす。
そして最後、たった今引き金を引いた銃器がスナイパーライフル。スコープの付いたそれで一キロ先にセットしてある的を狙うというものだった。

(終わった・・悪くは無い、きっと)

ふう、と音にもならぬ息を吐いた途端、額から米神に向かって汗が一雫流れる。それは緊張が一気に解けた事を意味していた。
俺の後ろに立つメリルの端末からピピピ、と機械音が鳴る。メリルは数歩後ろに下がり端末の音声ロックを解除して喋り始めた。
そしてダグラスは、真っ直ぐと俺の目を見つめた後にゆっくりと口を開く。

「これだけ腕を磨くたァな、正直驚いたぜ」

くくく、と低い声で笑いながら地面に落ちている弾丸をダグラスは思い切り蹴り上げた。

「それで、ダグラス、結果は」
「まあ焦るな、少々青臭いとこもあるが、だが結果は文句なしの合格さ、俺達はお前を歓迎するぜ」
「・・!」
「ま、詳しい話は帰ってからにするとして・・だ、」

闇の中だが、ダグラスの目つきが鋭くなったのを俺は見逃さなかった。

「ニール、お前、何を企んでる?」
「・・何も企んでなんか無い、ただ情報が欲しいだけだ。今居る所じゃ、得られる情報も限られる」
「情報ねェ・・それで俺達ン所に来たって訳か、ま、良い判断だな」
「俺はとにかく情報が欲しいんだ」
「良い判断ではあるが、情報欲しさにここまでやってくる奴はあんまりいねェぞ」
「実力が無かったらダグラスのチームには入れないと聞いたから」
「はっそんなもんどこのチームでもそうさ」
「・・それに、ダグラスのチームには、ボスが気に入ってる奴がいるって」
「まあいるにはいるけどよ、あいつは忙しくて中々一緒には行動できねェぞ」
「っそれでも!それでもいい・・とにかく情報が必要なんだ!」
「言っておくがなニール、俺達ゃ情報屋じゃねえんだよ、俺達が今居る場所が何なのか、忘れんじゃねえぞ」
「そんなの解かってるさ、だから俺は今此処にいるんだ」

何でそんなに必死なんだ、とダグラスは聞こうとしたのかもしれない。少しだけ開いた口がそれを物語っていた。恐らく喋りかけた途端だろう、メリルの一声によってダグラスの声が掻き消されてしまったのは。ダグラスはため息をついた。
声をあげたメリルはこっちに戻りながら電源の切れた端末を尻ポケットに突っ込むが、上手く入らず無理矢理押し込む。

が帰って来たぜ、今俺達のホテルだそうだ」
「・・ニール、お前運が良いな」







森から車を走らせ三十分、暗い街中を抜けるとそこは裏腹に、装飾されたライトが煌びやかに光るホテルが幾つも立ち並んでいた。
その中でも一際高さのあるホテルに車が入る。ロビーの入り口に止まりダグラスは俺とメリルを車から降りるよう指示した。

「俺は、用事があるんでな、後は頼むぞ」
「オーケー、例の場所で合流な、よし行くぞニール」
「ああ」

バタン、とドアを閉めるや否やダグラスは車を発進させた。


回転ドアを抜けると、ベルボーイがドアの横でにこやかな顔をしながら立っていた。

「さてっと、は・・」

メリルはロビーの待合場を端から端まで見渡す。それにつられて俺もつい同じように見たが、見えたのは誰一人として居なかった。
恐らく時間の所為だろう。こんな深夜に待合場に来ている人など滅多に居ない。奥にあるレストランももうすでに『CLOSED』の立て札が置いてある。

「いないな、きっと部屋だな」

ふう、とため息をつくとメリルは俺に声をかけてエレベーターの方へと向かった。
丁度一階で止まっていた為に、待つ事無くエレベータに乗る事が出来、乗って直ぐにメリルは三十四階のボタンを押した。すると直ぐにドアが閉まりエレベータが動き出した。
独特な浮遊感と機械音。エレベーターの窓からは外を一望する事が出来たが、時間も時間で街灯しか見えなかった。けれども俺はその街灯の一つをただただ見つめていた。
三十四階まではかなりあるが、二人の沈黙によってそれは更に長くなる。監視カメラが設置してあるし、下手な会話はできまい。というよりも日常的な会話すら俺の頭には浮かんでいなかった。
途中、ベルボーイが乗り込んで来て時間は更にかかってしまった。ベルボーイの後姿を見ながら、俺はそれを的の様に頭、首、心臓・・と急所を足もとまで順に見やった。そしてようやく目的の三十四階に到着する。
エレベーターから降りて真っ直ぐ進み、角を二つ曲がりまた真っ直ぐ。つきあたりの部屋のチャイムをメリルが鳴らす。

、俺だ、メリルだ」

大声、とまではいかないが少々張り気味の声をメリルがあげる。するとガチャ、とロックの外れる音がした。
恐らく入って大丈夫だという合図だろう。メリルがドアノブに手をかける。
ボスに気に入られている人間がこのドアの向こうに居る、そう思うだけで胸が高鳴る。メリルがドアを開けるシーンがやけにスローモーションに見える。俺はごくり、と生唾を飲み込んだ。

ドアを開けたそこには一人の女が満面の笑みを浮かべて立っていた。

(・・お、女?)

と呼ばれた人物がまさか女だと思っていなかった為に、俺は目をまん丸に広げ、瞬きをする事が出来なかった。 しかしよくよく考えればという名は女の名前だ。もし仮に女だったとしてもここまで若い姿など想像も付かなかっただろう。
もしかしたら、ボスは実力云々よりこの女自体を気に入ったのかもしれない。とはいってもこの世界、弱い人間が生き残れる筈が無い。忙しいとダグラスが言っていた事からもやはりこの女も列記とした組織の一員であり戦力の一つなのだという事を思い知る。

「メリル!久し振り、会いたかったよ!・・と、この子・・(なんか、見た事ある様な)」
「久し振り、、こいつは今日から俺達のチームの一員さ」
「へェ、ダグラスのテスト受かったの、凄いねキミ」
「・・おい、ほら、に挨拶」

メリルの小突きに我に返った俺はびくっと体を震わせた。そして慌てて喋り出す。ボスが気に入っているという言葉だけで何故だか緊張した、いや、当たり前か。

「ニ、ニールって言いま、す」
「やだな敬語なんて使わないでよ?あたしはね、って呼んで、ニール」
「わ、わかった」
、着いた早々で悪いがちと用事があるんでな、ニールを宜しく頼む」
「えっあのさーぁ・・」
「・・なんだ?」
「いや・・忙しいのね」
「ハハ、程じゃないさ、てか嫌みか、お前な、ちったァ俺らとの時間も作れよ」
「はいはい善処しますって、ダグラスも?」
「ああそうだよ」
「・・そっか、じゃ、ニールに色々教えてあげようかな」
「おう、宜しくな、じゃまた明日、、ニール」

踵を返して部屋から出て行く間際に、メリルは手を一回だけあげた。
ゆっくりとドアが閉まるとカチっとロックがかかる音がした。俺はどうして良いのか解からなかったが、とりあえずの後ろにくっついて部屋の中へと足を進める。
俺は部屋の中を見渡しながら、今まで自分が居た所を思い出した。今まで俺が居た所はこの部屋みたく綺麗な場所なんかではなかった。 古汚くて、ボロボロとしたアパートが拠点。碌なものも食べずに、任務へと出て行き、どっと疲れて帰ってくれば酒や煙草の臭い。黄ばんだ壁紙に包まれながら銃器の手入れや情報交換やあまり上品とは言えない話も少々。
そんな毎日が続いていた自分にとって、この部屋は今までの自分を否定しそうなぐらい、まるっきり別な世界だった。

「とりあえず、色々お話しましょ」

ベッドにダイブしたが首だけ俺の方に向けて、ニールも、と誘う。の様にダイブする気にはなれなかった俺はちょこんとベッドの端に腰を下ろした。
が思い切り体を伸ばして伸びをし、一気に脱力する。そして体を起こしもまた俺の様に座り直した。

「ニールは何でこのチームに入りたいと思ったの?」
「・・情報が欲しいから、がボスに気に入られてるって聞いて」
「最初に言っておくけど、ダグラスのテストに受かったって事は、あなたの人間性も認めたって事よ、お願いだから見込み違いな事言わないで。たかが情報を手に入れる為だけにこのチームに入ったって言うなら、あたしはあなたを殺すわ」

殺気を飛ばされた気がした。いや違う、明らかに殺気を飛ばされているのだ。体が瞬間氷みたいに固まる。返事をする事はおろか、呼吸をする事がとても難しく感じた。
格が違う、これが殺しの本物だ、その時俺は悟った。

「ま、何はともあれニールは今日からあたし達の仲間、ダグラスとメリルも含めてあたし達は絶対に仲間を裏切らない、一足す一は二にはならない、一のまんま、何があっても一つ。オーケー?」
「・・うん、」
「ん、いい子」

わしゃわしゃとに頭を撫でられる。これがついさっき俺に殺気を飛ばしていた人間なんだろうか。嘘みたいだ。
それに頭を撫でられたのは何年ぶりだろう、父さんと母さんが生きてた時以来だ。の手と母さんの手が重なったみたいな錯角に陥る。

『ニールは本当にジャガイモが好きね』
『うん、大好きだよ!』
『ブロッコリーもちゃんと食べるのよ』
『わかってるよ、・・ほら、食べた』
『いい子ね、ニール』


『おかえり、ライル、ニー・・あらどうしたのその傷』
『ニールってば野良犬追いかけて転んだんだよ、アスファルトで思いっきり』
『まあそうだったの』
『でもお兄ちゃん泣かなかったの!』
『エ、エイミーの前で泣けるかよ!』
『あはは、エイミーが居なきゃ泣いてたんだーお前!』
『ちっ違うよ泣いたりなんかしねえよ!』
『偉かったのねえニール、よしよし』

そんな昔の情景がふと思い出される。優しい笑顔でいつだって俺達を見守ってくれていた母さん。幸せだったあの時。
あんな日常にもう一度戻りたい。何度もそう思ったが、そう思っては自分で自分を叱咤してきた。
なのにこんな形でその想いがまた蘇ってくるなんて。

「・・っ!」
「ん?」
「お、俺もうそんな子供じゃないから!」
「何照れてんのー」

けらけらと笑う。その表情は一瞬だが俺がこんな世界に居る事を忘れさせる。不思議な人だと思った。俺はもしかしたらに心を開きかけているのかもしれない。
しかしそれならそれでいいと思った。きっととは長い付き合いになるんだろう、ダグラスとメリルも含めてだが。
狂いそうな世界の中で何か一つでも、どこか一つでも拠り所があるのは良い事だと思う、これは甘えとかそういうものでは無い気がした。

「そうだニール、得意な銃器はどれ?」
「一応は、スナイパーライフルだけど」

スナイパーライフルはこの組織に入った時に初めて扱ったもので、正直俺にとっては一番相性が良いと言っても過言では無い。 幾つ物スコープを使う事でそれ相応の力を発揮するそれは実に魅力的でもあった。手入れに少しの時間を要するのが難点と言えば難点かもしれない。 けれどそれは銃器を扱う者にとっては当たり前の事でしかないから気になる様なものでもないし、気にするものでも無かった。

「あ、ほんとに、じゃ丁度良いや」

一体何が丁度良いのか。俺にはその意図がサッパリわからず疑問符を浮かべるばかりだった。

は?何が得意なんだ?」

参考までに、と思って聞いてみる。するとはポケットから小型のナイフを取り出した。

「ナイフ?」
「そ、これは携帯用だけど、ちゃんとしたナイフはあのケースの中」
「銃器じゃないじゃん」
「銃器だって扱えるよ、でもナイフが一番」
「なんで?」

そう聞くとはにこ、と笑ったきり直ぐには答えようとせず、数秒あけてから、後々わかるよ、とぼそりと呟いた。



「よし、じゃニール、今から行く所に着いて来て」

ダン、とベッドから立ち上がっては俺の腕を引っ張る。

「え、え?」
「あたし、本当はこれから仕事入ってるの」

そういえば、ここに来た時がメリルとの会話で言い渋ってる場面があった。恐らくこれの事なんだろう。
なんて、変な所だけ冴えてる頭を俺はどうにかしたかった。

「それに俺も?」
「そ、ほらライフル持って、行くよ」




急かされてライフルの入ったケースを抱えて部屋を出たは良いものの、何処に行くかが解からない為、俺はハラハラしながらの後を一生懸命追った。
部屋を一歩出た途端、はまるで別人にでもなったかの様に俺には感じられた。目つきがまるで違う、部屋で歩いていた様な歩き方とまるで違う。
大理石の床で、ヒールの高いミュールを穿いているというのに足音がまるで無い。服の布が擦れる音だってしない。軍人の歩き方ともまた違う様な、殺し屋特有というのもまた違う、これは恐らく、独特。
それに何より歩くのが非常に速い。速すぎると言っても良い。大股で歩いている訳でもないのに。
だから俺はそれを追うのに必死だった。

「・・リィ」
「ん?」
「目的地は?」
「良いから黙って着いて来て」

そう言われてしまっては喋る事が出来ない。仕方なく俺は黙って後ろを着いていく事だけに専念した。思っているのが自分だけなのかは解からないが緊迫した空気に冷や汗が出そうだった。
『EXIT』と書かれたドアを音を立てる事なくそっと開けて、は階段を黙々と登っていく。この時俺はエレベーターを使えば良いのに何て考えたが、このホテルの立地条件上、非常階段が隣の窓が無い面、要するに壁側に挟まれているために人に見つかる確率がとても低い。
それにエレベーターに監視カメラが付いていた事を俺は思い出した。

(馬鹿だな、俺)

屋上に入る事を禁止する柵をひょいと乗り越え、そしてその柵よりも少々高い段を上ってと俺は屋上に辿り着いた。
生ぬるい風が体を撫ぜる。その風はほんわかと秋の匂いがした。季節の変わり目とも言っても良いこの匂いは俺をどこか懐かしくさせる。だから俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

(まさか俺が、こんな世界にいるなんて)

父さんや母さんが知ったら何て思うだろうか。絶対に喜んでくれない自信はある、当たり前だけれど。俺だってライルがもしこんな世界に居たら喜んだりなんかしない。
父さんや母さんが、私達のためにその手を汚したりなんかしないで、なんて思っていてくれたら少し嬉しいかもしれない。でもその反面少し悔しいかもしれない。
あのテロさえなかったら、きっと俺たちディランディ家は今も家族仲良く生活を送っていた筈だ。アイルランドは元々民族紛争も多いし、テロだって少ない方じゃない、寧ろ多い方だ。
テレビを付ければ必ず紛争やテロの話題がニュースに登る。モビルスーツまで開発され大量生産され、戦争やらの武力に投与されてから、被害は著しく急増した。がしかし、そんなものとは無縁の平和な所に俺達は居た。
学校だって、友達だって、そんな馬鹿げたものとは程遠い所にあった。毎日自由に生きて、身近なそれはとても遠い存在だった。それがいけなかったのだろうか、それが憎かったのだろうか。
あのテロ以来、この国以外で起きてるテロすらとても身近になった。戦禍に巻き込まれる人たちがとても身近になった。世界が真っ黒になった。果てしない憎しみを持つようになった。終わらない悲しみを抱く様になった。




「意外とこの世界復讐者って多いのよね、ニールもそうなんでしょ」
「・・何で解かった・・」
「そんなの、目を見れば解かるよ」
「・・は?」
「あたしは違うよ、家族とかそんなのは居ないけど、でも復讐の為に生きてはいない」
「じゃあ何の為に?」

は俺をじっと見た。何かタイミングを掴もうとするみたいに。俺はごくり、と息を呑む。

「あたしはね、人を殺す為に生きてる。人を殺すのが好きなの」

まるでおはよう、なんて決まった挨拶を口にするみたいに、は今までに無い笑顔で俺に軽々しく言って見せた。
俺は正直返す言葉が無かった。それ以前にのその一言を理解するのに時間を要した。

「こ、殺すのが好きって、一体どういう・・」

どういう事、どういう神経、どういう何と聞きたいのかすら解からない、俺の心は激しく動揺していた。

「殺すのが好きだからこの世界にいるの、例えばさ蟻を踏み潰した時どう思った?蚊を殺す時何を思った?あたしは何も思わないって訳じゃないけど、でもそれについてあんまり考えた事は無かった。死んだ姿を見て、あ、死んじゃったって思うだけ。人も同じ」
「そんな、だっていの、」

命―・・・その言葉を言おうとしたが俺は言えなかった。実際俺はダグラスのテストで鳥を五羽殺している。でもあの時俺は何とも思わなかった。
けど人を殺した時は流石に思う事は一杯あった。鳥にはそんな気持ち沸かなかったのに、だ。人と鳥の命の違いとは?そんなものあるはずが無い、人も動物も生きている事に変わりは無い、命に違いなんてないというのに。
なのに自分は今何を言おうとした?命?馬鹿馬鹿しい、命なんて言葉は俺が使っていいものなんかじゃない。

「でもね、動物や虫はあたし達に何もしない。でも人間は人間に対して天敵になる。汚い人間だらけ。それはあたしも含めて、だけど。だからどうせ殺すなら人の方がいいじゃない、それにね、人が死ぬ所を見るのが好きなの」
「人が死ぬところ・・?」
「そ、この人は何を考えながら死んで行くんだろうとか、あたしを睨むあの目とか、ぞくぞくするの。考えるだけで何かが満たされてく。案外世界も捨てたものじゃないなって」

また返す言葉が無かった。こんな話をされるなど思ってもみなかった。予想外すぎた。この世界に足を踏み入れてから初めて、恐怖という念を目の前にいるに抱いた。

「だからあたしはナイフが好き。皮膚に刃を突きつける時や、皮を裂く感触とか、全てが本物よ、目の前で人が死んでいく、それが楽しい。だから殺した感覚もわからないような銃はあんまり好きじゃないの」

そうだったのか、なんて妙に説得力のある感じがした。難しい言葉など何一つ使っていないというのに。
そして人間の考え方の違いに俺は改めて気が付いた。俺はどちらかというと殺した感覚が解からないからこそ銃は良い武器だと思った。引き金を引くだけで良い、間近で人の死を見なくて済む、返り血だって飛んでこない。 けれどは逆だ。殺しの感覚を得るために銃は好かないと言う。元より俺は好んで人を殺したいと思った事は無い、がは別格過ぎる、本当に人を殺すのが好きなんだ。

「人それぞれだから良いけど、あたしにとって銃は逃げでしかない、人を殺しているっていう感覚を失うことがあたしは怖い」

「それに人の血って綺麗よ、どんな汚い人間にでも綺麗な赤が流れてる」

「あたしの手には、色んな人の血がこびり付いてる。お酒でだってもう洗えやしないぐらいの、ねえ、ニール、あなたはあたしが怖いと思う?」

返す言葉など最早存在しなかった。ただひたすら、俺は嬉しそうとも、悲しそうともとれるの表情を見つめながら話を聞いているだけだった。

「ま、そんな訳でだ、ニール、あなたに最初のミッション」








はあんな話をしておいて俺にまともな事が出来るとでも思っているんだろうか。正直動揺しっぱなしの心は正常を未だに取り戻せないで居る。

この屋上から東南東に向かって一・六キロ先にあるクレリオンホテルの四十一階左から三つ目の部屋、そこに泊まっているオズワルド・シェイファーという人物の暗殺、それが俺に課せられたこのチームでの初ミッションだった。
相手のオズワルドという人物が一体どういう人物なのかは知らない。けれど俺は今からそのオズワルドを暗殺する。妙な気分だが違和感は無かった。

スナイパーライフルをセットしようとしたらに怒られた。そんなものとっとと済ませておきなさい、と。
目標は今までで一番長距離であろう一・六キロ。コンマ一ミリのズレが数百メートル先にもなれば致命的なミスになる。それは俺だって重々解かっている、が今回は例外だ。何せ急に突きつけられたミッションなのだから。
そしてスコープを慎重に調整する。よく映画なんかでスナイパーがレーザーサイトで狙っていたりするのを見るがあれがいかに愚かな行為かというのを知ったのは、実際にこの銃を扱うようになってからだった。
演出としては効果的ではあるが実際あれは自分の位置をどうぞ見てくれと大いにばらしているのだ。全く何て馬鹿馬鹿しいんだろう。
そんな事を考えながらスコープをに言われた通りの位置にセットした。

「ニール、準備は良い?」
「ああ、いつでも」
「プローンでミリタリーになって」
「悪い、俺はポリス派だ」
「そう、じゃそれで良い、いくよ」

それから俺はの指示を待った。スナイパーは独断で弾を撃ってはいけない、必ずツーマンセル以上で行動し、指示を待つ。
隣で同じようにうつ伏せになったはポケットから携帯を取り出すと数秒後には喋り出していた。

「オズワルド?」
、連絡を待っていたんだよ、お前が今日来るというから』
「ごめんね、ちょっとダイヤが乱れてるの、もうホテルに着くわ」
『おおそうか、お前のために極上のスイートを用意したんだ、なあに夜はまだ長い、楽しもうじゃないか』
「まあそうなの、嬉しいわ、オズワルド。早く貴方に会いたくて仕方が無いの、ねえ、我慢出来ない、ベランダに出て?そこから私が見える?」

恐らくベランダに出させる事で軌道のズレをゼロにしたいのだろう。ガラスに当たった時の弾の軌道を読むのは難しいからだ。
しかしなんだ、オズワルドとかいう奴、余程に入れ込んでるんだろうか、それなりな奴ならこんな単純な言葉に操られないで欲しい。

『はは、俺が恋しいか、待ってろ今出るからな』
「オズワルド」
『そんな甘えた声を出すなよ、愛してるぜ俺の可愛い猫ちゃん』
「(猫ちゃん、だって、ぶぶ!笑っちゃうわ。ニール、あたしがオーケーって言ったら撃って)」

小声で呟くに対し俺は頷くだけの返事を返した。息を止め、全神経をスコープと指先に集中する。

、ベランダに出たぞ、何処だ?』
「一番下よ、早く私を見つけて」

スコープから、ベランダに身を乗り出して下を見るオズワルドの姿が見える。

「もっと右よ」
『右?』

そして丁度スコープの中心にオズワルドを捉えた瞬間、から小声でオーケーという言葉が聞こえた。
のオーケーという言葉と、俺が引き金を引いたのはほぼ同時だった。
幸いにも風は無い、スコープのズレも恐らくは無い、やった、と仕留める前から確信はあった。

「(わ、ビンゴ)」

あは、と笑うの声を聞きながら俺はふう、と息を吐いた。どうやら弾は綺麗にオズワルドの頭を撃ち抜いたらしい。
即死した体はバランスを失い後ろにもたれかかった。ずさり、と倒れる音がするかの様だった。

「さよなら、オズワルド」

何か余韻を楽しむかの様に数秒時間をあけた後、はピ、と携帯の電源を切った。

「中々良い腕してるねニール、初ミッションクリアおめでとう」
「・・、あいつの携帯にの番号残ってるんじゃないの?」
「ああそれは大丈夫、さっきダグラスに連絡しておいたから」
「いつの間に・・」

やはりそこら辺が抜かりない。ずっとと行動を供にしていたというのにダグラスと連絡を取っていたのには気が付かなかった。

何だか一気に力が抜けたのか、俺はうつ伏せから仰向けに体を反転し夜空を仰ぎ見た。
こんなホテルの明かりが目立つ所じゃ星一つ見えやしない。けれども妙に綺麗な夜空だった。今までに無い爽快感と開放感がある。

「ニール」

うん?と顔だけをに向ける。

「ニールはさ、復讐者であって人殺しじゃあないんだよ」
「・・なんだよソレ」

いくら復讐者だって、ただの人殺しじゃないか、なんて俺は思った。


「二年前のテロに巻き込まれてるでしょ、ニール」
「・・!何でそれを!」
「あたし多分ニールを見た事ある」

それからは語り始めた。
二年前には偶々俺達が住む街の近くに足を運んでいたらしい。あのテロが起きてから半日経とうとしてた時に丁度公園を通りかかったそうで、そこで座り込む一人の少年を見たと。
茶髪の癖っ毛、紫のTシャツに上着を着た少年。それを聞いて俺はあの日を思い出した。それは確かに俺だ、まぎれも無く俺だった。

「まさかこの世界に入ってくるとは思わなかったけどさ」
「なあ、まさか!」

がばっと体を起こし俺は我武者羅にの肩を掴んだ。多分、ありったけの力で。

「うん、知ってるよ、でもね言わない」
「頼む、教えてくれ、教えてくれ!」

そんな必死の頼みも虚しく、なのかは解からない、が、は肩に置かれている俺の手を掴んで無理な力は要れずに剥がすと、すとん、と膝の上に置いた。そして置いた手を裏返して俺の手のひらをはまじまじと見つめる。

「・・まだまだな手、ちゃーんと急所を撃ち抜ける様にならなきゃね」
「撃ち抜ける様になったら、教えてくれるのか?」
「ううん、教えない」

じゃあいつ教えてくれるんだ、俺ははらはらした気持ちで一杯だった。

動きを止めていた風がまた動き出した。生ぬるい風が俺との髪を揺らしていく。まるで時間が止まったみたいだった。一秒が驚く程遅い。何をするわけでも無いのに。
はゆっくりと口を開いた。俺は生唾を飲み込んでの顔を険しい顔で見つめ続けた。

「ニールが、笑えるようになったら教えてあげる」
「・・な、なんだよそれ・・そ、そんなの・・無理に決まってるじゃないか」
「そうかな」
「どうして俺が笑える?どうして!俺は・・おれ、は」
「大丈夫、ニールなら笑えるよ、今は無理かもしれないけどさ、大丈夫」

一体何が大丈夫なのか、その根拠は何処から来るのか、俺にはサッパリわからなかった。
今の俺の頭は恐らくこれまでで一番冴えている。だからこそ冷静に物事を捉える事が出来ている筈だ。だから解かる、俺は絶対に笑う事なんか出来やしない。
笑うという事が今の俺にはとても高貴なものに思われるのだ。こんな俺が、こんな自分が、笑って良い筈が無い。この世界に入って、俺は闇の人間として生きる事を決めた。だから笑うという事は大分前に置いてきたのだ。 それを今更、笑えだなんて。無理だよ、やっぱり俺には到底できっこない。今は無理かもとういけれど、いくら時間が経ったって俺には無理だ、無理なんだ。

俺の手の上にあったの手はいつの間にか俺の頭の上へと移動していた。さっき部屋で撫でられたようにの手が俺の頭を行き来する。
人を殺す事が好きなの手、たくさんの血で染まったであろうの手。なのにどうしてこんなに温かいんだろう。信じられない。だって、殺し屋だぜ、は。
ああ、お願いだから俺の頭を撫でるのは止めてくれ、思い出してしまうから、蘇ってしまうから、それからそんなに優しい顔で笑わないでくれ、俺の生きていく道を否定された気がするだろ、折角決めた覚悟が笑われている気がするだろ。


「ニール、笑えるといいね」


ああほらまたその笑顔。
だけどもその時俺は一生復讐者としての道を歩む事を再度自分に誓った。
俺はの目をじっと見た。澄んでいる、まるで濁りが無い、何故だろう。の目は光を失った俺の目には眩し過ぎだった、眩し過ぎるのに外す事が出来ない。 どうしてはこんな笑い方をするのだろう、俺は不思議で不思議で仕方が無かった。でも恐らく俺が出会って来た人の中では、




世界一きれいに笑うひとでした