嗚呼。
俺はいつもお前を求めてるんだ。


「ニール。」

いつもの待ち合わせのロータリー。
いつものように俺より先に着いてる彼女。

。」

いつも通り頬にキスをして微笑み合う。
そうして手を繋いで歩き出す俺たちは仲睦まじいカップルにしか見えないだろう。
実際そうなのだが。
でも、もし彼女が俺の本当の姿を知ったらどうなるだろう。
人殺しだと蔑むかな。
そうしては俺の隣から消えてしまうのだろうか。
嗚呼。
どうかそれだけは止めてほしい。
俺は彼女を絶対に失いたくない。失うわけにはいかないんだ。

は光だから。
俺はの隣に立って、辛うじて闇に完全に溶けないようにする。
俺はまだ、ひどく温かく、ひどく眩しく、ひどく愛しい、この光の中に居たかったんだ。
それでも俺は、闇の中に何度だって舞い戻る。
俺が光を手放したのか、光が俺から離れたのか。
それはわからなかった。


人影の無い寂しげなビルの屋上。
烏が一羽、アンテナに居座りこちらをじっと睨んでいる。
手にしたライフル。
スコープの中にはいかにも悪そうなおっさん。
人差し指に力を入れる。

烏が哭いた。

気付いた時には丸い世界の中に一人、眉間から赤い液体を流して体が傾いているおっさんが見えた。
それに何の感情も抱かない。
ただ、ふと思う。
これで何回目になるだろうか、人を殺したのは。
そう、思うんだ。
鉛の弾を脳か心臓に一発ぶち込む作業の繰り返し。
そうだ、作業に過ぎないんだ、こんなの。

冷め切った心に烏の哭き声だけが響く。

烏は殺すなと言ったのか、殺せといったのか。



「ニール。」

気付けば俺は闇の中じゃなく光の中に居た。

「どうした?。」
「・・・ニールの好きな色は何色?」

が眩しくて眩しくて、俺の中の何処か冷え切った部分はずっと奥に引っ込んだ。
それでも俺は、

「黒、だな。」

と答えていた。
俺が闇に飲まれかかってるせいなのか。
それはわからなかった。

「そっか、黒か。・・・ニールっぽいね。」

の本心からの台詞だった。
やっぱり俺は闇の中に居るんだと実感した。
黒が俺の色になってしまったようだから。

「なあ、。」

人殺しがこんなこと言っていいのかなんてわからない。
ただ、闇の中に居る俺を、どうか今この瞬間だけでも救ってくれ。

「・・・愛してる。」
「え、何、いきなり・・・。」
「なんか言いたくなった。」
「何それ。」
「いいだろ、別に。」
「・・・私も、愛してるよ。」

嗚呼。
俺はまだ光の中に居る。
なあ、、・・・愛してる。
お前はいつだって輝いていて、俺はいつだって惹かれてる。
崇拝にも近い感情。
そうだ、俺はいつだってお前みたいになりたかった。
世界を愛し、人間を愛してる
世界を嫌い、人間を嫌ってる俺。
本当は嫌いなんだ。
お前みたいな人間は。
こんな腐った世界、腐った人間が好きだという偽善者は。
嫌いなんだ。
でも、はそういう人間だけどそういう人間じゃなかった。
だからは光なんだ。
のそれは偽善でも何でもない。
本当に世界を愛し、人間を愛してるんだ。
俺と同じ、世界の闇を知っているのに。
もし彼女が光しかない綺麗事の世界しか知らなかったら、俺は彼女に深い嫌悪感を抱いていただろう。
そう、は、は、

「標的は。最近風俗で事業を拡大・成功させている男の一人娘だ。」

確かに俺と同じ闇の中に居た。
の家庭については簡単にだが聞いていたし、スナイパーという仕事上裏の人間に「」が居ることは知っていた。
いつか「」を殺すことになるのだろうかと思ってはいたが、
の父」ではなく「」を殺すという仕事が入るだなんて夢にも思ってなかったことだ。

「なんで、娘を・・・?」

小さなバーの隅でコップの中の氷を揺らしながら聞いた。
冷静に努めようとしたが、結局動揺は隠せなかった。
その証拠に依頼人がの写真を指で突付きながら喉で笑って「なんだ、タイプか?」と冗談めかして言った。

「まあ、あれだ。娘を殺せば次は自分だと怯えさせて事業拡大の手を止まらせるのが狙いだ。
 奴が滞ってる隙に俺達が事業を拡大させて奴の所を吸収する。」

俺はやっぱり世界が嫌いだし、人間が嫌いだ。
いつだって俺の闇を飲み込んでいた光は、たった一人の腐った人間のせいで俺の闇に喰われてしまうんだ。
きっと、はそれでも世界を愛し続けて、人間を愛し続けるんだろう。
俺にはなんとなくそれがわかった。

いつの間に、コップの中の氷は溶けていた。


人影の無い寂しげなビルの屋上。
烏が一羽、アンテナに居座りこちらをじっと睨んでいる。
手にしたライフル。
スコープの中には今日は会っていない愛しの恋人、俺の光。
今日会ってしまったら彼女を連れ去ってしまっていただろう。
そうしようかと何度も本気で考えた。
でも、それだけはしてはいけない気がした。
罰なんだと思ったから。
人を殺すのに罪悪感も無くしてしまった腐った人間が、光に縋って救いを求めた罰なんだと思った。
そして光を殺すという罪を重ねて、それに苦しむという罰。
罪に罪を重ねて、罰に罰が重なる。
その罪と罰が、あまりにも酷過ぎて、俺は嗤ってしまった。

烏が哭いた。
いや、烏も嗤った。

烏は俺を蔑んだんだとわかった。

丸い世界の中にいるを見つめては、引き金を引こうと指に力を入れる。
引き金を引こうとすればするほど、指が震えて標準も合わなくなる。
丸い世界は滲んでいた。
これでは撃てない。
には、自分が死ぬのだと理解できないくらいの一瞬の死を与えたかった。
痛みなど感じる暇もない、鉛の弾が与えられる精一杯の安楽な死を。
それが今の俺にできる唯一の愛し方だった。
でも、それすらも許してくれないのか。
なんで、なんで、が滲む。

烏が哭いた。

俺は、泣いていた。
わかってるさ。
俺には殺せない。
闇は光を喰えない。
俺は罰すら受けられないくらいに腐っているのか。
・・・。

俺はライフルを下げた。
罰は受けずに罪だけを重ねようと決めた。
と共にビロードの闇を駆け抜けて小さな灯火の下で生きようと思った。
が共に来てくれることを祈って、俺はビルからを見下ろした。

は、数人の男に囲まれていた。

今にも攫われそうで、が泣いているのが遠目でもわかった。
周りの人間は見て見ぬフリ。
だから嫌いなんだ、人間は。
悪態を吐きながらライフルを構える。
威嚇射撃をするだけ。
ただ、から奴らを引き離そうと思った。

丸い世界は、滲んだままだった。

その滲んだ世界に目掛けて、何も躊躇わず引き金を引いた。
さっきまで震えていた指が嘘のようだった。
そして、路上に人が倒れた。
威嚇射撃のつもりだったから、当たったことに俺は驚いた。
小さく舌打をして、標準を合わせ直す。

丸い世界に映し出されたのは、赤く染まる光。

が、路上に倒れていた。

指が震えた。
俺は息をするのも忘れ、その丸い世界を眺めていた。

「・・・俺が、殺した・・・?」

烏が哭いた。
泣いていたのか、嗤っていたのか、わからなかった。

俺は無意識のうちにを囲んでいた男達に向けて発砲していた。
ライフルを投げ捨ててビルの階段を息を切らして下る。
埃っぽい空間から解放されれば、血の海。
の隣にしゃがみを抱く。
は、即死だった。
自分が死ぬのだと理解できないくらいの一瞬の死。
痛みなど感じる暇もない、鉛の弾が与えられる精一杯の安楽な死。
俺はにそれを与えたんだ。
なあ、
これは罰から逃げようとした罪なのか、罪を償うための罰なのか。
俺にはわからない。

俺が光を失ったことしかわからない。

俺はにキスをして、野次馬の中に逃げ込んだ。
俺は、スナイパーなんだ。
闇の中で生きているんだ。
そう言い聞かせて、俺は光だった彼女の隣から離れていった。


その3日後、俺の元にある箱が届いた。
からだった。
俺はの生を疑ったが、投函されたのは3日前。
が死んだ日の昼だった。
それに落胆とも安心ともつかない溜息を吐いて無造作に箱を開ける。
中には、黒い手袋。
手紙が同封されていた。


 ニールへ

  今日は私達が出会った日だね。ニールは覚えていないでしょうけど、私は覚えてるよ。
  その記念に手袋を贈ります。ニールが好きだと言った黒。
  実は私もこの手袋と色違いの手袋を買ったの。私の手袋は白。
  他にも色の候補はあったんだけど、やっぱり黒には白かな、と思って。
  ほら、闇と光みたいに表裏一体って感じじゃない?
  「じゃあ俺が闇か?」とニールは言うんだろうね。
  そんなことないよ。今、言っておくね。
  ニールは私の光なの。
  いつだって私を笑顔にさせてくれた。
  私の世界はニールが輝かせてくれたんだ。
  ありがとう。本当に、ありがとう。
  これが言いたかったんだ。
  面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいから、手紙で告げるね。
  卑怯かな?卑怯だよね。
  ごめんね、ニール。ニールはいつだって真正面から全てを与えてくれるのに。
  私はちゃんと返せないでいる。
  ニール、これからは私から何かを与えてあげたい。
  これはその第一歩。・・・のつもり。
  卑怯な手を使っておきながら、ほんと駄目な私。
  でもね、本気だよ?
  本当にニールに私がニールから貰ったものを返したいんだ。
  だから、これからも一緒に居てほしい。
  私がニールの光になれるまで、一緒に居てほしい。
  押し付けがましいけど、許されるなら一緒に居たい。
  我儘を言えば、私がニールの光になれた後もニールと一緒に居たいな。
  ・・・逆プロポーズになっちゃったね。
  恥ずかしい。だけど、本当の気持ち。
  ニールは私の光だよ。
  ありがとう。

 より


の字は所々滲んだ。
違う、違うんだ、
俺は光なんかじゃないんだ。
お前が光なんだよ。
そしてお前は消えたんだ。
光は消えたんだ。
俺が喰ったんだ。
もう俺は闇に完全に溶けるしか道は無いんだ。
もう、光になんてなれないんだよ、俺は。
ごめん、
俺もお前と一緒に居たかった。
でも、もう無理なんだ。

俺はお前みたいになりたかった。
闇の中で生きているのに、光り輝き、世界も人間も愛せる人間に、なりたかったんだ。
でも、もう無理なんだ。
光を失った闇の世界は、予想以上に深かったから。
お前が居ないのに、光の中に居られるはずがない。
光そのものがないのだから。
でも、確かに光は存在し続けてる。
この涙が、その証拠。
なあ、
許されるなら、お前という光の虚像に時々でいい、縋らせて。
そうして俺は闇に溶けてはお前を思う。
いつだってお前を求めて、闇の中を足掻いて生きるよ。
嗚呼。
愛しい人を殺しておいて、その愛しい人に縋って生きるだなんて、俺は世界で一番腐ってる人間だ。
、お前が光じゃなかったら、俺はこんなに腐らなかったのに。
、お前が光じゃなかったら、俺は、こんなに光の中に居ることは出来なかったよ。ありがとう。






きみは太陽、ぼくに影を与えたひと

(その光でこの身を焼いてくれたら良かったのに)