「恋は盲目ってあるでしょ?あれって、『恋をすると自分が見えなくなる』っていう意味だと思うのね」

マスケット銃の整備をしながら、はそう言った。違うんじゃねえの、と俺は返す。「どちらかというと、『周りが見えなくなる』だろ?」は鼻で笑う。「ニール、馬鹿じゃないの?」俺がムッとすると、悪戯をする子供を見るように目を細めた。実際に俺の方が年齢は下だし、間違ってはいないかもしれないけど。

「あんたは自分が正常だとでも思ってるわけ?」
「どういう意味だよ」
「まだお子様には分からないかしら」
「だから、どういう意味だよ」
「こういう意味よ」

すると、は銃口を俺の胸に向けた。自分でも驚くぐらい動揺はしなかった。なんでだろうな。「あら。随分と冷静なのね」は言う。「俺もそう思った」俺も言う。「意味わかんねえっての」俺は降参するかのように掌を見せる。まいった、と。

「私はね、あんたに対して肉欲が沸かないのよ」
「うわ、やらし」
「なんでだと思う?」
「俺のこと嫌いなわけ?」
「いいえ、愛してるわ」
「実を言うと、俺も湧かない」
「何が?」
「肉欲」

それは実際にそうだった。俺とは世間一般でいう「恋人」だったわけだが、キスどころか手を繋いだこともない。清いお付き合い、とはまた意味が違ってくる。思春期特有のドキドキ感など、一切ないのだ。世間一般の「恋人」がすることを、お互い望んだことは一度もなかった。手を繋ぐ、抱き締める、キスをする、セックスをする。本来「恋人」同士がすることを全くしていない。しようとも思わない。

「でもねえ、性欲ってのはあるのよ?」
「俺のことそんな目で見てたのかよ」
「やあねえ、人を欲の塊みたいに言うの、やめてくれない?」
「違うのかよ。あんただってこの仕事、金のためにやってんだろう?」
「世の中金よ。何がおかしいの」
「別に」

は俺に身体を摺り寄せてきた。なんだその恋人らしい仕草は。だけど明らかに違う点がひとつ。未だにマスケット銃を手放そうとしない。

「ねえ、ニール。私はね、人一倍独占欲が強いのよ」
「ふうん」
「ニールのことだって独占したい。あんたは私のものだから」
「勝手に人を所有物扱いすんなよ」
「ケチね。自分だってそうなくせに」
「……」

図星だった。家族を失ったあの日から、俺はその手のものに人一倍執着するようになった。誰にも傷つけさせないように。誰にも壊されないように。大切なものはどこか厳重な所で保管しておきたいと考えるようになった。誰の目にも届かぬように。どこにも消えないように。

そんな歪んだ感情が、俺を渦巻く。

「ニール。私たちは一緒よ。似た者同士なのよ」
「…そうかもしれないな」
「ねえ?だから、分かってくれるでしょう?」

「ニール、私はね、あんたを殺したくて殺したくてたまらないのよ」


美しい赤い唇が弧を描いた。自分でも驚くぐらい動揺しなかった。はは、と乾いた笑みが零れる。こんな近距離では使わないスナイパーライフルを置いて、護身用の銃を手に持った。なんだ、至極簡単なことだったんだ。

「奇遇だな、。俺も同じことを考えていたよ」
「あら。運命的ね」
「俺はあんたを愛している。…愛しているんだ」
「私もあんたを愛している。心から愛しているわ」
「俺の方があんたを愛しているよ」
「私の方があんたを愛しているわ」

酷く滑稽な会話だ。巷で愛を囁く若者たちと同じことをほざいている。愛しているからこそ、殺してしまいたい。自分の手で永遠にしたい。俺たちは似た者同士だった。歪んだ愛情でさえ、同じだったのだ。

「じゃあ、ニール、こうしましょう」
「なんだ?」
「お互い、相手を殺した方がその相手を愛してるって」
「…わかりやすいな」
「でしょう?私の方が愛してるわ、ニール」
「俺の方が愛してるよ、

お互い銃を構えて距離を取る。西部劇のように上手くいくはずがない。緊張感が漂う。仕事と同じような感覚だ。だけどの表情は柔らかかった。微笑んでいた。きっと俺も同じ表情をしているのだろう。頬の筋肉が強張る感触はない。そうか、こんなとこまで、俺たちは似ているのか。

憎い敵と戦うかのように、俺たちは銃を撃ち続けた。愛という感情と、憎しみという感情は似ていると誰かが言っていた。愛と憎しみは紙一重。愛憎。そこで俺はやっと理解する。俺が今までに抱いていた感情は愛だけではない。憎しみ、もだ。

愛しくて愛しくてたまらない。憎くて憎くてたまらない。だから肉欲が湧かないのか?だから殺したいと考えてしまうのか?



家族を失ったあの日から、俺の心は想像以上に歪んでしまったらしい。



の懐に入った。銃口を胸に押し付ける。のマスケット銃は長い。故にすぐ傍にいる俺に即座に対処することはできない。――引き金を、引く。

ぱあん、と軽い音が響くと同時に、の胸から血が吹き出して、俺の顔にかかった。力が抜けたの身体を支えてやる。虚ろな目は俺を映しているのかいないのか、分からなかった。ただひとつ分かったことは、俺はに勝ったということ。彼女はもう、死んでしまったのだということ。だらん、とだらしなくの腕が落ちた。何を思ったのか、俺はの唇に口付けた。最初で最後のとのキスは、彼女の血の味がした。


俺は微笑んでいた。頬の筋肉は強張っていなかった。




「俺の方が愛していたよ、








こんなにも






狂暴







感情







だというのか









(ストックホルム症候群さまへ提出|080914|凜)