!注意!

大変申し訳ないのですが、「ミョウジ」の欄にヒロインの愛称を入力してください。

準備が出来た方はどうぞ。














次のミッションまでのわずかな時間、王留美の別荘で待機することになった。

(さっすがセレブ……

快適なことこの上ない環境はともするとミッション中であることを忘れてしまいそうになるほどだ。

(ま、たまにはこういうのも悪くねえな)

そんなことを考えながらぶらぶらと庭を散策していると、見覚えのある花が植えられていることに気がついた。

(クリスマス・ローズ……)

白く可憐な花は、遠い記憶を呼び覚ます。

ほんの少し甘くて、けれどそれ以上に苦くて哀しい思い出を……。

(……)

懐かしい少女の面影が鮮やかに甦る。

その面影に問わずにはいられない。

(どうして……)





















嘆きに似た問いかけ























その頃の俺は何も知らないガキだった。

突然奪われたたり前の日常が幸せなのだということに付いた時はもう手れだった。

怒りの矛先をどこに向ければいいのか、何を恨めばいいのか何一つ見えないままにちていった。

、恐喝、詐欺……果ては殺人まで。


一番向いていたのは人殺し。


誰もが忌避するであろうその才能をえた神に俺は初めて感謝した。

この手で家族の仇をとることができる……。

そのためにはどんな情報も欲しかったし、何をしてでもそこに辿り着かなければならないと心に決めていた。

あの忌まわしい日から三年。

俺は、17になっていた……。







その店に入ったのは全くの偶然だった。

空きっ腹を抱えてとにかく何でもいいから食いたい――そう思っていた矢先に見つけたのだから。

注文した料理が届くと俺は給仕の手からひったくるようにしてかぶりついた。

漸く人心地ついて顔を上げると呆れたように自分を見つめる少女と目が合った。

「……何見てんだよ」

見せもんじゃねえ、と凄んでみせると彼女は怯えるどころかますます呆れたように肩をすくめた。

「お代」

「あ?」

「『キャッシュ・オン・デリバリー』……これ、常識でしょ?」

「……あ」

俺は一回の注文ごとに精算するシステムはパブではごく当たり前の習慣だということをすっかり忘れていた。

「悪ぃ、すっかり忘れてた……」

「でしょうね」

頷く少女に俺は慌ててくしゃくしゃになった札を手渡した。

「どうも。――はい、おつり」

「あ、いや……つりはいいよ。待たせちまったし」

そう言うと彼女は少し驚いたような顔をしたが、にっこり笑って俺の手につり銭を握らせた。

「チップなんていいよ。ね、それより料理は美味しかった?」

「え? ああ……」

少女の意図がいまいち掴めなかったが、料理が美味かったのは事実だったからそう答えた。

「じゃあ、また来てよ。うちのシチューはすっごく美味しいんだから!」

ね、と微笑む彼女の笑顔に俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。

どう答えたものか思案していると、ざわつく店内にだみ声が響いた。

「おーい、! いつまで油売ってんだー! 早く来い!」

「あ、はーい! 今行きまーす!」

彼女はカウンターに向かって叫び返すと再び俺に向き直った。

「――またね。今度はちゃんとシチューも食べてね」

言い置いてと呼ばれた少女は俺の側を離れた。

(……変な女)

それが彼女との出会いだった。











2


いつの間にか俺はの店――クリスマスズの常連になっていた。

別にあの女にいにたわけじゃない。

ただ少し、シチュになってただけで。

――際に食ってみたら本に美味くて、すっかりはまってしまった。

それにまあ、店の雰囲気もサビスもくない。


……だからあの女のことは係ないんだ。

大体あの顔で19だなんて、何かの間違いじゃないだろうか。

どう見たって俺より年下に見える。

あんなガキみたいな女……

そうだ、俺はのことなんて何とも思っちゃいない。


……想っちゃいけないんだ。







クリスマス・ローズに通うようになってはや三月。

がもともと人懐っこい性格だというのもあって、俺はすっかり彼女と打ち解けていた。

看板娘のは常連達の間では引っ張りだこだったが、俺が行くと何かと理由をつけて顔を見に来てくれた。

そのせいで酔っ払い達に冷やかされもしたが彼女は全く意に介する様子もなかったし、俺もいちいちそんな連中に構う気もなかった。

けれどその日は違っていた。

後味の悪い『仕事』をしたせいで、最悪の気分だった。

しかし習慣とは恐ろしいもので、気がつけば俺はいつものようにクリスマス・ローズへと足を運んでいた。

定位置となっている隅のテーブルに着くとさっそくがやってきた。

「いらっしゃい、ニール! いつものでいいのよね?」

注文を取りにきた彼女に俺は吐き捨てるように言った。

「……ギネス1パイント」

「え?」

ふとオーダーを取るの手が止まった。

「ニール、未成年なんだから飲んじゃダメでしょ」

「……」

「……ねえ、どうしたの? 今日おかしいよ。それに、顔色も悪いし……」

心配そうに俺を覗き込んでくるに無性に腹が立った。

(何も知らないくせに……)

俺のことなんて、何も知らないくせに。

俺が何をしているのか、何を求めているのか、本当の俺のことなんて何も知らないくせに。

まるで俺のことを知り尽くしているかのような顔をしている彼女に対して抑えきれないほどの怒りがこみ上げてきた。

「……うるせえ」

「え? 何……?」

戸惑いがちに首を傾げるの仕草さえ俺の怒りを煽り立てる。

「うるせえっつってんだろ!!」

こんなのは八つ当たりだとわかっていたけれど、自分でも止められなかった。

そのまま椅子を蹴って立ち上がり、を突き飛ばすようにして出口へと向かった。

「待って、ニール……!!」

彼女の悲痛な叫びと痴話喧嘩かあ、と野次る間延びした声に耳を塞いで店を飛び出した。











3


ただの八つたりと言えばそれまでだろう。

だけど、自分自身を持て余していた俺には止められなかった。

止めようともしなかった。


今思えばあの時の俺は恐れていたんだ。

彼女と馴れ合うことを。


の底を生きる俺にとって、の笑顔は眩しすぎた……。







振り返ることなく走り続けた俺はいつしか教会の前に辿り着いた。

「……」

宵闇に包まれてその尖塔にあるべき十字架は見えない。

(こんなとこに来てどうすんだよ……)

神に祈ることなんてとうの昔に止めてしまった。

(そんなもん、いやしねえのに)

そもそも、俺は何を祈ろうというのだろう。

悔いてもいない罪を懺悔するほどヤキが回ったわけでもないのに。

俺はちらりと脳裏を掠めた少女の面影を振り払うようにかぶりを振った。

(馬鹿馬鹿しい……)

こんな最低の夜はとっとと塒(ねぐら)に帰って毛布を引っかぶって寝てしまうのが一番だ。

そう思って引き返そうとしたときだった。

「ニール……!」

思わずぎょっとして振り返ると肩で息をつくの姿があった。

「お前、何で……」

よもや店からここまで追いかけてくるとは思わなかった。

「『何で』はこっちのセリフよ!!

キッと顔を上げては言った。

「あんなニール、放っておけるわけないじゃない……」

「……お前には関係ねえだろ」

彼女と目を合わせないようにしながら俺は心の中でずっと叫び続けていた。

(頼むから、これ以上俺に関わらないでくれ)

を巻き込みたくない。

彼女を俺と同じ地獄に引きずり込みたくはない……。

「関係なくない! だって、私……!」

(ダメだ)

その先は言わないでくれ。

(頼むから……)

「私……ニールのことが好きなの! だからニールのことが心配なんだよ!」

「……っ」

縋るようにして見上げるの瞳を真正面から見てしまった瞬間、俺の中で何かが切れた。

「――っ、ニール……!?」

突き上げる衝動のままにを抱きしめる。

初めて触れた彼女の体は思っていたよりもずっと小さくて、暖かかった。

「……ごめん」

真実を告げられないことなのか。

傷つけてしまったことなのか。

それとも……いつの間にか彼女に惹かれていたことなのか。

何に対する謝罪なのか自分でもわからないままに、俺はただ「ごめん」と繰り返していた。











4


それからの日は俺にとって心から幸せだと言える少ない時間だった。


リジと出い、俺は愛し愛されるびを知った。

望んでも手に入らないと思っていた幸せを手に入れた。


そして守りたいと思った。


このささやかなしあわせを。


けれど幸福は零れ落ちる砂のように容易にこの手をすりけていく……。







クリスマス・ローズの閉店時間に合わせてを迎えに行くのが俺の日課になっていた。

「ごめんニール。遅くなっちゃった」

「いいよ、そんなに待ってないし。――お疲れ、

「ん。ありがと、ニール」

と暮らすようになってから俺は『仕事』をやめた。

勿論心に燻る怒りや憎しみが消えたわけじゃないし、消せるものでもない。

けれど、血と硝煙に塗れた手で彼女を抱きたくなかった……。


夜は必ずを迎えに行き、他愛もない話をしながら家路に着く。

晴れの日も雨の日もこうやって二人一緒に肩を並べて歩く。

ただそれだけのことなのに、目が眩むような幸福感を感じる。

傍から見ればままごとのような光景だろう。

でも、俺たちにとっては真実、かけがえのない現実(いま)だった。


あと一つ角を曲がれば家に着く。

――そのわずか20ヤードの距離が俺たちの運命を分けた。

「ニール・ディランディだな」

音もなく現われた痩身の男が俺たちの前に立ちはだかった。

「……」

俺は無言のまま男を見据えた。

「もう一度聞く……。ニール・ディランディだな」

得体の知れない男を前に不安げに身を寄せるを庇いながら俺は答えた。

「……だったらなんなんだよ」

その答えにつうっと男の口角が上がる。

そいつが嗤っているのだと気付くまでに一瞬の間があった。

凄絶な笑みに全身が粟立つ。

向けられているのは純粋な殺意。

自分が狩られる側になるなんて想像もしていなかった。

今までしてきたことを思えば、いつこういう事態が起きてもおかしくはなかった。

けれどそのときの俺の頭の中にはを守らなきゃだとか、逃げなきゃいけないとか、そんなことは欠片も浮かばなかった。

「……死ね」

緩慢な動作で男が銃口を向ける。

それでも俺は見えない糸に絡め取られたかのように身動きできなかった。

安全装置を外す音がやけに大きく響く。

聞き慣れたはずの音に恐怖を煽られる。

「……やめてっ!!

制止する暇も、そうするだけの余裕もなかった。

突如として飛び出したが男に体当たりを食らわせる。

その反動で男の狙いは逸れ、放たれた弾はあらぬ方角へと飛ぶ。

「このアマ……!」

気色ばんだ男はしがみつくに向けて容赦なく引き金を引く。

鈍い音と共に闇に緋の華が咲く。

それでもは男から離れようとしない。

「くそっ!!

弾を使い果たしたのか、男は無理矢理を引き剥がすとそのまま踵を返して走り去った。

「……っ、!!

ぼろ布のようにの身体が地べたに崩れ落ちていった











5


リジの血は暖かかった。

とめどなく流れる彼女の命は、紅くて、暖かくて。


透き通るように白くなっていく

血に染まった唇の紅さ。

かすかに震える体。


リジの全てが失われていく。

君が、消えてしまう。


……俺は、無力だ。







無我夢中でのもとに駆け寄り、その身体を抱き起こす。

! しっかりしろ、!!」

俺の呼びかけに応えるように震える睫とわずかに上下する胸が、が生きていることの証だった。

「……ニー、ル……」

がうっすらと瞼を上げる。

……!」

「ど、こ……? ニール……」

力なく俺を呼ぶの手を握りながら叫ぶ。

「ここにいる。俺はのすぐ側にいる!!

「ニール」

安心したようにが微笑む。

けれど彼女の手は氷のように冷たく、蒼白い。

にもかかわらず俺の手を濡らす血は熱く、紅い。

「ケガ、な……い?」

「ないよ、どこもケガなんてしてない!」

俺はかすり傷一つ負ってやしないんだ。

、今すぐ医者に連れてくから……!」

今ならきっと間に合う。

いや、絶対に間に合わせてみせる。

「ニール……」

吐息のようにかすかな声が俺を呼ぶ。

?」

のどんな言葉も聞き漏らすまいと、俺は苦しげに喘ぐ彼女の口元に耳を近づけた。

「あい、してる……。ごめ……ね……、ニール……」

思いがけない言葉に俺はの顔を見つめた。

その頬を小さく光る粒が伝う。

もう一度「あいしてる」と紡ぐの瞼がゆっくりと下りる。

……?」

引きつるように震えていた体が弛緩していく。

! ……!!」

まるでそれしか言葉を知らないかのように、俺は彼女の名を呼び続けた。

(どうして……!)

なぜこんなことになってしまったのか。

けれど、俺の問いかけに答えるものはいなかった。




その日、俺は全てを捨てた。

わずかに残っていた良心も、ためらいという名の弱さも。

二度と陽のあたる場所へ戻らない決意を固めて。

もう誰も愛さないのだと誓いを立てて。

そうして俺は引き金を引く。

憎んでも憎み足りない相手を前に、非情に、冷静に。

そいつは、の苦しみに比べればこんなに簡単でいいのかと問いたくなるほどあっさりと死んでしまった。




達成感はなく、虚しさばかりが募る。

なぜかの泣き顔ばかりが思い出されて胸が苦しかった……。






*****






どれくらいそこにいたのだろうか。

気がつけば太陽は水平線の彼方へと沈みかけていた。

冬の日差しの下で可憐に咲いていたクリスマス・ローズは、いまや夕日を映しては禍々しいほどに紅く染まっている。

その紅さに朱に染まった少女の姿がだぶる。

(……)

彼女は二度と還らない。

ひとときの安らぎと、深い愛情を注いでくれた少女はもういない。


もし出逢わなければ今頃彼女はどうしていただろう。

幸せな家庭を築いていただろうか。

それとも、今もあのパブの看板娘として忙しく働いていただろうか。

いずれにしてもきっと元気で、明るい笑顔を振りまいていたに違いないと思う。

けれど自分と関わったばかりに彼女の未来は閉ざされてしまった……。

(、どうして……)

幾度そうしたかわからない。

けれど彼女を想う度に問わずにはいられない。





















(どうして君は僕を愛した)









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