最高の殺し文句だよ、色んな意味で





 アイルランド国内は日々治安が悪くなっているようだった。それは三年前に起こった KPSAの自爆テロ以降それは顕著として表れており、アイルランド防衛団 (けいさつ)の出動要請は増えるばかり。

「昨日は引ったくりが二件、万引きが四件で奔走し、非番の今日は立てこもり。それに 出くわしている私……」

 Gardaであるは立てこもり現場の人質の一人となっている。警察官が人質、世も末である。

 非番の為昼過ぎまで寝ていたは、遅い昼食を取ろうとファーストフード店でホットドッグを購入しようとしていた 。それが間違いだった。気付いた時には遅く、店内には三名の黒い仮面のようなものを被った 男達が押し入り、従業員五名、客三名を人質に立てこもった。これが昼時であったなら、その 数も増えたことだろう。

 一番背の高い男を仮にAとしよう、彼は入り口付近にいた客のこめかみに銃を近づけ 「騒ぐな!」と店内中に通る声で叫んでいる。可哀相に、彼女は毛羽立たせたように身体を震 わせている。そして腹に肉がつき、メタボリックな男をBとしよう。彼はライフル銃を掲げ天 井に一発。パラパラと破片のようなものが床へ落ちてゆく。

 そして一番小柄で、より背が低い男C。少年かと見受けられる立ち姿で、低く潰れたような声が特徴だ。 ―――この男が主犯格か、レジで注文をしようとしていたは咄嗟に思った。その男は迷うことなくレジ奥に入り、店長を連れて来たからである 。

 入り口を入って正面にレジがある。その間に四人掛けのテーブルが三つ両脇にある。 広くもなく、狭くもなく、手頃な間取り。犯人Cはシャッターを閉めるようにと言い、従業員 はそれに従った。

「兄ィ、お腹減りましたわ」
「食って良いぞ、たんまりあるからな」

 Cの言葉にBは背中を弾ませ、厨房へと入ってゆく。通りザマに従業員に唾を吐くと 、そそくさと奥へと消えた。フロアに犯人が二人、入り口とレジ内。二人とも人質を携えてい る。残りの従業員四名はフロアに全て移動してガタガタと身を寄せ合って震えている。一人が 男、残り三人はアルバイトらしき少女。そしてこの状況下でも一人、右側のテーブルに背を向ける格好で座り、まるで何事もないようにハンバーガーを食べ続けている青 年がいた。

「俺らは金が目的じゃない。兄弟を解放して欲しいだけだ。だから電話してくれるか? 」

 Cは酷く耳障りな声でそう店長に通報させ、その数分後この店は警察に取り囲まれる ことになった。外からありきたりな声が聞こえてくる、「君たちの要求は何か?」と。

「そんなん、決まってるだろ。警察に捕まってる兄弟を解放することよ」

 その声は口頭ではなく電話として伝えられる。店長の声で。こちらは拡声器を持って いる訳ではない。

「君たちの仲間とは誰かな?」

 物腰の柔らかい声。交渉人(ネゴシエーター ) という奴なのだろう。犯人に不要な刺激を与えないように、平和的解 決が出来るように努めているらしい。

「仲間ではない、兄弟だと言ったじゃないか。おれ等と同じテロの孤児、不当な扱いし かされず、金はなく、食べるものもない。だから取るしか出来ないやつ、他にも生きてく為に はしかたなしに犯罪に手を染めるもんもいる。その全ての解放だ、留置所に拘束されているヤ ツ、務所に入っとるヤツ、全部解放しろ」

 その要求は安易に飲めるものではない。上層部はさぞかし頭を抱えていることだろう 。

「君たちの言いたいことはわかったよ? 出来るだけ善処するように頑張るよ、だから 君たちも譲歩して欲しいんだ」
「それは出来ない質問だ。譲歩などする余地はない」

 そう言って一方的に電話を切る。拡声器から聞こえる断続的な声は全て無視を決め込 むようだ。人質となった少女らの咽び泣く声が店内に無常に響いている。見ていられないほど に。

「あの、人質ってこんなに多くなくても良いんじゃないかな? 逃げる時大変だよ?  それに私だけで充分な価値があると思うんだよね」

 は自分のバッグから常に肌身離さずつけている警察バッジを犯人Cに見せつける。

「これで充分なんじゃないかな?」

 彼らは自分達のことをテロの孤児と言った。三年前から頻発しているテロの脅威は今 も衰えることなく人々の目の前に突きつけられており、その分孤児に対する周囲の目はキツイ 。皆自分を守ることが大事なのだ。この少年らに少しは同情する。

 彼らはそれに素直に同意し、裏口から人質を逃した。人の忠告を容易く飲み込むなど まだまだ若輩者の証拠だ。その結果犯人Cの拳銃がのこめかみに突きつけられることとなった。

「あんたさ、折角の私の行為無駄にするわけ?」

 何食わぬ顔でハンバーガーを食べる青年。いや、食べ終わり次はポテトか。セピア色 の髪、後姿でも鍛えられているとわかる背中。右手には黒い手袋をしている。

 その青年にもAの銃口が向けられる。それを気に留める素振りは見せない。それにイラ つき始めたAは握り手の方で彼の頭部を殴り、床に落とす。

「よく言うでしょ、人の行為はありがたく受け取りなさいって」

 はCを振り払って青年に駆けよると傷口を見る。額の一部が赤く腫れ上がっており、 そこから少し血が滲んでいるが大したことはなさそうだ。

「勝手に動かれると困るんだよ、こっちは」

 そう言ってカチャリと銃口を向ける音がする。AとCが見下ろしている。

「おねえさん、勇気がある人だな」
「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」

 ハンドバッグからハンカチを取り出してその傷口に当てる。その手を彼が取った。

「あのなぁ、犯人さんよ。犯行が幼稚なんだよ。やるからにはちゃんとしないとな」

 青年は不敵に呟いた。

 「なんだよ!?」と頭に血が上るAが、今度は彼に蹴りを入れようとしている。それを 彼は腕で受け止めそのまま押し返すと座席を倒し崩れるAの上に飛び乗って瞬時にAの銃を奪い 、目にも止まらぬ速さでCの腕を打ち抜いた。

「その銃を取れ!」

 はその光景を呆然と見ていたが、その声で我に返りCの後ろに転がった銃を掴む。Cは 思わぬ不意打ちをくらい何が起こったかわかっていないようだ。

「馬鹿だよ、お前さんらは。人質を取って立てこもるなんて成功した例は殆どないんだ 。それに人質取るならもっと大物にしなよ、一介のファーストフード店の従業員らにお前らの 要求はあわねぇよ、おっと喋るなよ」

 銃口を犯人Aの口の中に入れる。は瞬時に悟る、玄人だ、この青年は。

「良いか、唄ってるのはお前らにとって正義かもしれん。けどな周りはそうは思っちゃ いねぇよ。孤児は野蛮だと更に品位を落とすだけだ。今より地に落とす、それをお前らはわか っているのか?」

 犯人Cの顔は青白くなっている。もう戦意喪失といった風にも取れる、感情の不安定 な少年なら仕方あるまい。主犯格がこの状態では直にこの事件は解決する。

「そのくらいにしときなよ。彼らが全て悪いわけじゃない、テロを防げなかった私たち にも責任があるんだ。それに孤児をそんな環境に晒している大人たちも恥ずかしい。けど犯罪 は犯罪なんだよ。食べる物がないから取る、そんなの道理じゃない。仕方ないという理由だけ で、全てが解決するわけじゃない。根本的解決は犯罪で出来るわけないでしょ、正当な手口で 正面から訴えてみなさい。それが無理だと言うのなら、それだけの知恵をつけなさい。貴方達 はまだ若いのだから」

 青年はふ〜んと鼻白んだ声を出した後、「おねえさんは優しいな」と溜め息交じりに 吐き出した。青年はAの身体から降りて、銃を床に放った。

「シャッター開けてやるからお前らは自首しろよ」

 おねえさんはこっち、との腕を掴みレジのもとまで行く、そこでシャッターのスイッチを押してほどなく厨房 のドアを開け中に入る。

「お前、まだ食ってたのかよ。話は聞こえてただろ、さっさと出ろ」

 そう言ってBをフロアの方へと促すと厨房の奥にある部屋、そこは従業員達 の簡易的な荷物置き場となっている部屋へ入る。そこには裏口があった。従業員専用の出入り 口というところか。そこにしゃがんで息を潜める。

「おねえさんも見付かったら大変なんだろ?」

 その問いに答えずは「おねえさん、て言うのやめない?」と言う。日頃言われなれないらしく、くすぐ ったいようだ。その言葉にすぐさま「おばさん?」と返ってくる。彼女はそれを睨んだ。

「嘘だって」
「まぁ、貴方から見ればおばさんよね」

 はこめかみが引きつるのを感じた。

「貴方の方も見付かったら大変なんじゃない? ニール・ディランディくん、だっけ? 」

 彼は少しの間、唖然とした表情をした。その顔は十七歳という実年齢よりも幼く見え る。

「どうして、俺の名を?」
「ヒントはいくつか転がっていたわ。まずその右手の手袋、銃の扱い方。玄人よね、貴 方。だからこそ平静でいられたし、わざと怪我を負った。それは椅子に座ったままじゃ銃なん て奪えないし、奪えたとしても後ろから主犯格に狙われるわ、何せ後姿だったんだからね。い くら玄人でも死角よ。それにね、テロの孤児と聞いて卑下することはなかったでしょう、それ どころか一度擁護しているしね」

 “良いか、唄ってるのはお前らにとって正義かもしれん。けどな周りはそうは思っち ゃいねぇよ。孤児は野蛮だと更に品位を落とすだけだ。今より地に落とす、それをお前らはわ かっているのか?”

「あれは彼らの立場をわかっていないと言えないセリフよ」

 それに最大のポイントはね、私が少年係のGardaなのよとは告げた。昨日彼女が翻弄されたのは全て少年たちが犯人だ。ニールが不敵に口角を 上げた。

「資料にでも載ってたか? 俺の顔。有名になったもんだな」
「バッチリ、その歳でスナイパーってなかなかいないもの、腕が良いのね」

 それにどうもと会釈し、口元に微かな笑みを蓄える。そしてニールは音を立てて床に 深く座り、ドアを背凭れ代わりにした。そして天井を仰ぐ。

「俺、捕まるのか?」

 「そうね」とすぐさま返すが、どうやらの本心は違うようだ。

「貴方を捕まえたら、私の折角の休日が今以上に台無しになっちゃう。このまま仕事すること になりかねないから、今回は見逃してあげる」
「おねえさんは、やっぱ優しいな」

 先ほど彼がしたようにどうも、とはわざとらしく会釈する。

「名前教えてよ。俺だけ知られてんのは割に合わないから」

 彼女は自分の名を告げる。彼は「さん」と反芻した。忘れないようにと脳内のメモに書き留めているのかも知れない。

「今度あったら敵同士だね、さん」
「その時は容赦しないわよ」
「それはこっちのセリフだよ。今度は容赦なく狙い打ってやるよ」

 ここに。

 そう言って右手の人差し指で彼女の胸元を指す、丁度心臓。拳銃ではなく、まるで弓 矢のように。

「それは最高の殺し文句だよ、色んな意味で」

 裏口の外に人影はない。全て表へと移動したようだ、それを見計らい外へ出る。パト カーの音が遠くなる。

「またね、さん。このハンカチは記念に貰って行くから」

 そう言って青年はが手当てしたハンカチを後ろ手に振って闇へと紛れてゆく。人を殺す暗殺 者(スナイパー)として。彼はまた犯人たちとは違う テロの報復をしようとするのだ、腕という名の知恵を使って。それは犯罪だけれども、彼はそ れを重々承知しているのだろう。

“シャッター開けてやるからお前らは(・・・・ )自首しろよ”

「またね、か」

 そう言って彼の過ぎ去った先を見詰める。

「私の心臓(ハート)を奪った責任 は重いぞ、ガキ」

 は憎まれ口を叩きながら、彼とは反対の道を歩いた。